速く走る方法と調べて出てくる情報は八割方使えない。その理由は・・・

皆さんは足が速くなりたいですか、そうですよね。足の速さを競う競技である陸上競技の選手はもちろんサッカーやバスケ、野球やテニスなど主たる競技の選手ならだれでもこの「足の速さ」というものを伸ばすことができたらと考えているはずです。

 

ラソンや中距離の速さというものもこの世には存在しますが、今回の記事の中では短距離における単純なスピードの速さというものに限定した話をしていきたいと思います。

目次

 

はじめに

足が速くなる方法、どうやったら足が速くなるのか、陸上競技 短距離練習などなど様々な調べ方でググって皆さんもこのブログにやってきたと思います。誰もが足が速くなるコツを知っている人間にその方法を教えてもらいたいんでしょうね。

 

僕もそうでした。もともと小学生のころから陸上競技の選手であった僕は人一倍足が速くなりたいという気持ちが強く、本を読み漁ったりネットで先ほどのキーワードで調べた回数は何万回だと思います。

 

インターネットの立ち上がりの時期と重なっていましたので、当時は掲示板や個人ブログも全盛期でした。ツイッターで著名人がつぶやいたりすることがない時代にはググるくらいしかやることがありませんでしたね。

 

そして各掲示板ごとに走りの博士みたいな人がいて、相談者に対して対症療法的にそれなりにいいアドバイスをしてくれていたように思います。正直これには助けられました。考える力のない幼い自分にとってはメンターのような存在でした。

 

しかし、幼い自分は結局のところ足が速くなるにはどうやったら昨日より一歩分速く走れるかを考えるということが大切なのだというところに落ち着きました。なぜならネットの情報をどれだけ試してもちっとも速くなる兆しもなく、大きな変化があるように感じられなかったからです。

 

あなたにとって、ネットの情報は八割方嘘(または真実ではない)であるか、大して効果のない価値の低い方法論しかないのです。これがどういうことかというと、この足を速くするという方法論に一つの正解はないからです。人間の体は個体によって千差万別。年齢によっても正解が異なる問題にみんなで寄ってたかって答えようとしても問題が錯綜してしまいますよね。

 

まさにこのようなことが足が速くなる方法ネット界隈で起きていることなのです。ごたくを並べてもしょうがないですね。以下一つずつ細かくその解説をしていきます。

 

腕をしっかり、速くふる

腕をしっかり振ったりするといいよ、または、腕を速く降ると足が速くなるよ。このような情報はネットだけではなく現実世界でも言う人がいるのではないでしょうか。腕を速く降ればそれに足がついてきて速く走ることができるという説明とともに紹介されると何となく速くなれそうな気がしますね。

 

もちろんある意味では正しいと思います、が大きな変化はありません。

 

腕を振ることで足が速く回るという効果はあると思います。単純にタイミングが腕に合わせて早まるので足が地面につくまでの時間は速くなります。しかしこれは残念ながら全力で走っている場合足の速さには結びつかないのですよね。

 

走りを分解して考えるとピッチ(足を回す速さ)とストライド(歩幅)があり、これらのどちらかを抑えずにどちらかだけ伸ばした時しか足は速くならないのです。今回の腕ふりを早める方法でピッチを速めた場合、間違いなくストライドが落ちるのです。だって、足を速く地面につけてるだけなんだから。蹴る力が強くなるわけでもないですしね。

 

これはやってみると分かると思うのですが、滞空時間が変わらないところでタイミングを早めて無理して地面に早く着いたところで結局進むスピードは変わっていないのです。

 

もしこれで速くなる人がいるとしたら幼い子供ですね。速く走れと言われたときに全力で前に進む感覚、上記でいうストライドとピッチをできうる最大にするという感覚さえない人間であればこのアドバイスでピッチが最大になり速度向上すると思います。

 

ということで、それ以外の人にとっては不要な情報ですね。

 

足を速く回す、大股で走る

足を速く回す、または強く地面をけって大股で走れというアドバイスもまたよく見られますが、これも真ではないと思います。

 

先ほど述べた、走りはピッチ×ストライドという公式に沿って考えればこれもまた分かるはずです。

 

まずは足を速く回した場合を考えてください。みなさんその場でもも上げを最速でやってみてください。その状態で前に進むとちっとも速く走れないことに気が付くと思います。

 

そうなんです、足を速く回すのはその場でもできるし、だからといって早く進めるわけではないのです。

 

また、大股で走るというのもこれも実際にやってみると違うことが分かると思います。全力疾走時なら、無理な空中姿勢を作ることで足が地面につくまでの時間を遅らせる方法でしかこの大股で走るということができないことに気付くと思います。これは単純にピッチを犠牲にして大股で走っているだけなのです。

 

上記のようなことは自分で試してみれば当然のようにわかることだと思うのです。自分の体を使って冷静に検証をすることが重要です。このような適当な情報にだまされて時間を無駄にしてはいけません。

 

体幹をしっかり固める

上記は単純な例ですが他にも僕が疑問視している情報がまだまだあります。次はトレーニング論とも関連した話ですね、体幹を固めることで速く走れるという情報について。

 

体感とは腹筋と背筋を主とした中心部分の筋力を固めて木の幹のようなしっかりとした土台を作ることで速く走れるというものです。

 

残念ながら、体幹を固めることだけで速くなれるとは思えないのです。多くの人は体幹を固めることでフォームが安定することで速くなると主張していると思うのですが、フォームが安定しようがしまいが、ピッチとストライドが有意的に上がらない限り速くはならないのです。

 

世の中には大してきれいで安定していないフォームでも足が速い人がいます。逆に安定していて速い人もいます。例えばウサインボルトは体自体が傾いていることでそれをくねくね崩すことで速く走っています。体幹を固めるという考え方とは対極にあると考えられますよね。

 

なので、こういう体幹がどうこうという話を聞くと、いちいち適当なことを言うのはやめてもらいたいなと思ってしまうのです。

 

体幹を固めたかどうかではなく、むしろ固めた体幹で何をしたかによって千差万別になることに注目してもらいたいなと思うのです。固めた状態で全力疾走しても何も変わらないかもしれないですが、固めた体幹を依り代にして加速姿勢で前傾姿勢を維持して加速スピードを上げるなどさらに一層の工夫があれば速度向上につながるかと思います。

 

固めればいいってもんでもない。むしろ固めることは一切大切ではない。その先を言うことなく安易な方法論だけを説明しようとする姿勢に僕は虫唾が走ります。

 

足の筋肉をつける

足の筋肉をつけて筋力が上がればキック力が上がり速くなるはずだという話も定番だと思います。この主張にはいくつかの問題点があります。

 

一つ目に、筋力を付けること自体に非常に長い時間とリソースがかかるということです。スクワットのような自重トレーニングでは筋肉を大きくするには厳しいものがあるので、マシーンやバーベルを使ったトレーニングで筋肉の肥大を狙っていくことになります。筋力が付きにくい人や、トレーニングの過酷さもありなかなか達成しずらいものがありますよね。

 

二つ目に、仮に筋力が付いたところで足が速くなる保証は全くないということです。これは驚愕の事実かもしれないのですが、最大筋力自体は走速度向上に対して全く役割を成さないということが分かっています。もちろん筋肉自体をどれだけ大きくしても無駄なのです。

 

全力疾走時の地面に対する接地時間はコンマ何秒しかありません。マシン相手にグッと力を入れるだけでも一秒くらいかかっていると思うのですがそんな余裕は走っているときにないのです。ですからバーベルやマシンで鍛えた筋肉の数パーセントしか使えないのです。

 

でもその数パーセントが上がったからいいじゃないかと思うかもしれないのですが、その分自分の体重が増えてしまっていることを考えると結局それほど変化がないはずです。

 

達成できる人もあまり居ないので、筋肉を付ければ速くなるという謎理論は否定されることなく現在でも残っているのではないかなと思います。さらにそれを信じて筋肉をつけた人も足が速くならない絶望感を認めることができないと思います。大概まじめな人がこういうものにひっかかりますからね。

 

走り込みをする

走り込みをたくさんすれば速くなるのかということについては、そういうわけでもないのだということにみなさん気付いてほしいんです。走り続けていれば何となく速くなるなんてことはないのです。

 

走り込みの中で、このような動きを自分の中で取り入れてピッチを向上させる。だとか、力の入れ具合と向きを改善してストライド伸ばすというような工夫なき走り込みでなければ疲れるだけですし、それほど足は速くならないです。

 

ですし、スポーツって大概相手は人間ですから。隣のやつもそれくらいのことは考えて走っていると思いませんか、それに対して何も考えずに勝てると思う方が頭がおかしいのです。

 

 

 

裸足になる、足にあった靴を履く

裸足になって走ったところで足が痛くなるのみで全く意味がないことは明白でしょう。結局自分が前に進むかどうかというのは地面から得られる反発によって決まってくるわけですからそれを靴が変わったかどうか程度で変わったらえらいもんですよ。

 

物理法則的に与えるエネルギーを増やす靴があるとしたら靴にジェットがついているとかそういうたぐいのものになるということしかないですから、とんだチートですよね。

 

確かにちょうどいい靴や靴底の素材の違いによって多少の違いは出るかもしれませんがそれはコンマ何秒の世界の話であって、そこら辺の人が求めている足の速さというものに関して寄与するレベルの話ではないのです。

 

世界レベルでの上位層の戦いならいいですが、一般レベルでは数えきれないほどのもっと早くなれるポイントがあることはこれまでの話でも一目瞭然であろう。少しでも優位的にストライドを伸ばしたりピッチを上げたりするための方法を考えた方が身のためである。

速筋を増やす

速筋だとか遅筋だとか適当なことを言っている文献やネット記事を見かけるがこれだっていまいちわかっていないことだらけである。彼らの主張は速筋と遅筋の割合が生まれながらにして決まっているが、その太さはトレーニングによって変わるので、速筋が太くなるトレーニングをした方がいいという話である。だが、そもそも速筋があった方が速く走れるのか、もしくは速筋が遅筋に代わるにあたって間の性質を持った筋繊維に変質してしまうことを引き合いにあんまり持久系トレーニングをすると速筋がなくなって足が遅くなるという説明がされる。しかしながらこれだって他の要因であることは十分考えられる。瞬発系トレーニングを怠っていたがゆえにキックのスピードが遅れていたりだとか、速い走り込みをしないことでタイミングがずれるなど、出る弊害があたかも速筋のせいであるかのように書かれているがそれは間違いである。

 

この論の大きな特徴として、才能論で片づけてしまえるという点にある。自分は足が速くない。これは速筋の比率が少ないからだとか、自分は持久系の人間だから短距離は無理なんだとか、そういう言い訳のためにこの速筋遅筋理論は使われていることが多いように思う。これはまったくもって役に立たない言い訳のための理論になってしまっている。そんなことを考えている暇があったらすぐにストライドを一歩伸ばすために何ができるのかを考える時間に使った方がずいぶんとお得である。

息を止めて走る

息を止めて走るなどもってのほかである。そもそも最近の短距離業界ではリラックスして走るということはもはや常識であるとされている。人間が体をしなやかに早く動かすためにはがちがちでいてはいけないということ。そして体の力を抜いてリラックスすることが必要であるということがある。

 

息を止めてしまうとまずこのリラックスが一切なくなってしまう。これでは足も回らないし滞空時間を上げるためのジャンプ力も続かない。

 

理想的な形としては、口は少し開けた状態で肩も落として、ブラブラの状態で体を動かしていけたら脱力という点では完璧である。世界陸上などを見ているとスローになったウサインボルトや桐生選手の顔が映ったりすると思うがその顔を見てみてほしい、唇は半開きになっておりぷるんぷるん震えているはずである。これは体の力が抜けている人間にしかできない芸当であろう。自分も走っている最中に力んでしまう節があるので再集計としてはこのようなプルンプルンを目指してやっていけたらいいなと思っています。

 

自分の力が抜けていくたびに自分の体がしなやかな鞭になったような感覚を受ける。こん棒であった体が鞭になって強く地面に打ち付ける感覚。これさえあればキックは完璧であろう。

 

もし固める必要があるとしたらそれは体幹トレーニングであろう。自分の体の中心は力強くどっしりとしていないと体から出るパワーに耐えられなくなってしまうので、体幹を鍛えて自分の末端になる鞭がしっかりとしなるように肉体改造をしていくといいのではないかと考える。

なぜこのような情報が流れるのか

上記のようなでたらめ情報やずれた情報というものはこの世の中にあふれかえっているのだということをいくらか理解できただろうか。数年前までスマホが普及していなかったので、分かりやすい情報だけが蔓延している現在のようなネット環境ではなかったのだが、現在ではとにかくまとめサイトやくだらないネットニュースに席巻されてしまっており有用な情報はむしろ以前よりもずっと入手しずらくなった。

 

掲示板のような場所でいろいろな知識のある人間がニッチな板に集まってあれやこれや教えてくれた時代はもう終わってしまったのである。今の迷える子羊さんたちは完全に放牧されたままくだらない情報の海を漂い続けることになってしまっているのである。なんとかわいそうなことであろうか。

 

あれもこれもグーグルの評価がおかしいのだろうということは想像に難くないが、グーグルに評価されたうえで有用な情報を書いてくれる人間というものも少なくなってきてしまっているのが現実なのだ。これはグーグルの評価する記事の条件というものはずばり「文字数」しか気にしないからである。確かに一定層の文字列がなくては少なくとも内容のあるページとはいないが、日本語の場合は特に、できるだけ少ない言葉で必要な出来事を述べることを美しいとしてしまいがちな言語であるから、頭のいい有益な情報ほど短く簡潔にまとめられてしまうのである。このジレンマを知らないで善意の書き込みをしてくれた勇者たち賢者様たちは、グーグル先生の評価がいまいちよくないことにもすぐ気づくので、退場するのも早くなってしまうのである。とても残念なことである。

 

とにかく、様々な理由が絡んでいるとは思うが、足を速くするための情報は適当でわかりやすい情報によって説明されておりこれがあたかも本当であるかのように見せかけられているのである。そりゃあ試しても無駄だということですね。

 分かりやすいと正しいは違う

上記のことを踏まえてもう一度皆さんに考えてもらいたいのだが、正しいと分かりやすいは比例しているわけではないのだということである。もし自分がどれだけ正しそうだと思ってもそれは自分がうまくいかないことを何となくうまく説明しきったうえで、なんとなくうまくいきそうなことをもっともらしくたくさん書いてあるだけかもしれないのである。

 

ネットに文字を書くことは疲れるし、たくさん書くためには知らないことも書かないといけない、書き手もウサインボルトではないので実際に書き手が足の速い人間であるかどうかもわからないのである。

 

その中で頑張って頭をひねり出して「もっともらしい論」を書いたのである。書き手が悪いわけではない。読み手が悪いのである。そもそもこの手の内容でグーグル検索している人間は自分でどうやったら早くなることができるのか考えることができない創意工夫のない人間であることがほとんどである。上記のようなまやかしのなんちゃって足の速くなる方法を聞いてへえーと思ってしまう程度の人間であろう。

 

自分で何が正しいのか正しくないのかをしっかり考えることができないと、足が遅いだけならいいが、仕事も遅いしデートの段取りも悪いだとかそういう実質的な問題でうまくいかなくて困ってしまうことも増えてしまうぞ、だからこれからは頭使って頑張ろうね。

 

情報の真偽を確かめる

情報が本物かどうかを確かめる方法はいくらかあるがやっぱり手っ取り早いのは自分で試してみてその都度考えてみることである。とにかく中庸的な視点を忘れないことを前提に客観的な視点で物事を考えていきたい。

 

本記事の初めの方に書いたいくつかの批判のように、各ケースごとに正しい見解にたどり着くために必要な情報は違うので、やはりそれは一概に言えないのだろうかが、とにかく何かがあるたびにしっかりと振り返って言語化したり、データをとったりしてそれがどれだけ効果があって信ぴょう性があり取り入れるに値するのか早めに考えて必要がなければ次に向かうだけの変更をしていく必要があるのだということを覚えておくといいのではないか。

 

あくまで科学的な実験ではなく、主観的な自分の中の真実というものがどれだけ積み重なったかでその人の経験の価値というものが決まってくるのだと思う。後々評価される人間というのはそのような誰にもない自分だけの考え方を持っている人間なのではないだろうか。ぜひそのような面白い考え方をみなさんにもしてもらいたいと思う。

 

効果のありそうな情報

ここまでは自分の中で足が速くなるにあたって使えない情報とそれに引っかからないためにどのような思考法が必要であるのか、そしてドツボにはまらない大切さについて述べていったのだが、じゃあそれではどのような情報が確からしいのかというところを考えていきたい。どこがどのように使えそうなのか自分の中でできるだけ咀嚼して伝えていきたいと考えてはいるが、うまくいかなかったらすいません。

 

フォームについて

フォームについてはとにかく股関節の動かし方が重要であるという話は必ず忘れてはいけないように感じる。股関節の進展や屈曲だけでなく、股関節には内旋外旋、内転外転という三種類の動かし方があり、ダイナミックに動かすことができる。文字媒体でどのように回せば前に進む推進力になるのかということまで書くと文字数がまたすごいことになってしまいそうだが書いてみたいと思う。

 

まずは股関節は両側が反対の鏡になって動くということで、右側に感覚を合わせて考える。右側の股関節がキック前から足を振り下ろすより先行して前方向に回転する。これにつられてキック足がブランブランになった足を鞭のように引き連れて地面を鞭のように強打する。そのまま足の巻き込みに先行するように股関節が半回転して戻ってくるイメージである。全体的に足より先に股関節が回転しているイメージである。

 

これで伝わったとは思わないが、自分の中でしっくりくる股関節の回転イメージがこれである。この走り方をすると大腰筋の周りに疲労感が残るのである。大腰筋はスプリンター筋とも呼ばれ、タイムが良い選手ほどこれが太いという統計結果が出ている。大腰筋があるから早いのではなく、速く走れるフォームにすると必然的に大腰筋が必要になってしまうのではないだろうかということが考えられる。

 

身体能力について

大腰筋については先ほど述べたのでこれは鍛える必要がないことがわかるであろう。意図的に伸ばすことで速くなる類のものではなさそうであるからだ。むしろ正しいフォームのものにしか伸ばすことが困難でありそうであるから、意識して筋トレすることもなかろう。

 

大してもう一つ効果がありそうな身体要素は何かというと、これは腱の強さである。ストライドを上げるの当たって、それまでより短い接地時間でより強い力を地面に加えることができる方法としては、足首のばねやひざのばねを固くて反発の強いものにするという方法が考えられる。これができれば、足を振り下ろした時に無駄なタイムロスを産まずにばかーんと地面をけることができる。(感覚的でごめんなさい笑)

 

腱は筋肉が強くなると引き延ばされる力が増えて強くなるという話なので、たくさん使えば使うほど強くなることが予想させられる。だからこれはトレーニングで伸ばせそうであろう。ジャンプトレーニングやプライオメトリクスのようなトレーニングも腱を追い込むことができそうであるので、興味のある人は調べてみてほしい。パワーポジションや足のつぶれない位置を自分の中で見つけるだけでも有意にストライドが伸ばせそうである。

 

速く走るにはどうしたらよいのか

上記が現在自分の中で答えになってきているかなというものである、しっかりとネットの海を調べたり文献をあさっている人間からしたら正直常識レベルのものである気がするが少し偉そうに書いてみた。

 

スポーツ科学バイオメカニクスをしっかりと研究している人にとっては嘘が書いてあるかもしれないですが、アマチュア競技者として自分が長年やってきた経験をもとにあくまで主観的見解として書かせていただいたものなのですみませんが目をつぶっていただけるとありがたいと思います。

 

ただ、人間の体というものは同じに見えて実はそれぞれ足指の位置や骨格の付き方まで違うわけで、理想的なフォームはそれぞれ千差万別であるはずなのです。だからそれを無理くり一般化させるスポーツ科学には応用の限界があるのではないでしょうか。結局のところそれぞれが自分の体と相談してベストに近づけていく過程を楽しめるようになっていくと陸上の真の楽しみに近づいたといえるのだと思います。がんばりましょう。

 

まとめ

なぜ巷に流れる足の速くなる方法がまやかしの連続なのかという背景には、安易な方法で速くなりたいと考える浅はかな人間に対してちょうどいい「もっともらしい」「分かりやすい」情報をグーグルに評価される形でまき散らすことでかれらのアクセス数を稼いでいこうという魂胆あるからなのだということが見えてきた。

 

かといって、この現状を変える必要があるのかというと、自分には変えることができないのだということがとてももどかしい。なぜなら安易な考えで足が速くなる方法と調べる人間にはこのようなことに気付く余地もなく必要のない努力を繰り返しやる気が失せてまた次のそれらしい情報へと移るデフレスパイラル的なものにはまっていくからである。目が覚める余地がない。もしくはあきらめるのが関の山である。

 

誰もが求める足の速くなる方法というキーワードでこの記事が日の目を見ることがあればこれに一石を投じることができるかもしれないが、そんなことはなかなかないであろう。

 

勉強ができるようになる方法、英語ができるようになる方法、とにかく同様のことがこれらのキーワードでも見ることができる。浅はかな人間はどの分野にもいて、彼らの脳の小ささゆえにこのネット界隈は腐ってきているのである。悲しい限りである。

 

 

感想

これだけ長い文章にもかかわらず、そして急ごしらえで書いたのでかなり荒い文章になってしまって申し訳ないです。できるだけ汚い言葉にならないように気を付けて書いたつもりですが抑えきれない部分があったように思います。また逐一誤字脱字は直しながら正しい記事にしていけたらいいなと思います。

 

とにかく今はこの記事が日の目に触れるまでつらつらとこのような記事を書き続けていきたいなと思います。これだけ書いたのだという自分の中の自信にもなったので、これからも続けていきたいです。自分の気持ちを気兼ねなくかけるブログという媒体をこれからも生かしていきたいですし、自分のありのままの感情や意見を聞いてなるほどと思ってくれる人がいたらこんなにうれしいことはないですね。

 

この記事も賛否両論なことが書いてありますので読者の方といろいろ議論してみたいところです。もし何か思うところがあったらコメントしていただけるとありがたいです。ツイッターフェイスブックでの拡散も大歓迎ですので是非是非宜しくお願いします。